第5回総会への報告・提案

東京放送年金受給者の会 役員会

T 運動で獲得した具体的成果

1 金銭面

@原告・選定者の和解金……6億2774万円

  対象は345名。1人平均=181万9536円

   

A裁判当事者以外の受給者……3億3026万円

  対象は390名。1人平均=約84万円

  06年に「慰労金」(ほぼ同額)を支払済み

  合計すると、約6億3000万円

   

B解決金……「受給者の会」に3250万円

  以上を合計すると、受給者に約13億円

 

C波及効果として、現役従業員(約1千名)に、「同等額」を支給見込み

  06年に、約10億円(1人=100万円)を支給済み

  今回と合わせると、現役社員に約20億円

*獲得した成果ではないが、供託されていた345人分の「分配金」総額は、62億9078万5753円(1人平均=約1823万であったことが、会社の和解資料で判明した。

 

2 和解調書

@会社が「遺憾の意」を表明

 *被告東京放送は、原告ら及び選定者らに対し、本件の適格年金一部終了に際して、年金受給権者の権利および生活に対する配慮が十分でなかったことにより多大な負担、迷惑をかけたことを認め、これに遺憾の意を表する。(和解調書10項)

 

A会社が、今後の年金支給を保証すると確約

    被告東京放送は、原告ら及び選定者を含む年金受給者に対し、現在、年金受給が継続されている39.8%のいわゆる保険契約分については、現状を維持して支払われることを確約する。(和解調書11項)

 

U 解決金の処理

解決金が、裁判所提示の500万円の6.5倍の3250万円に増えた結果、第4回総会で決めた<和解金の5%の追加徴収>は、必要なくなりました。

@弁護士報酬……2200万円

  提訴時(05年)に、「着手金」157万5000円を支払済み

 

ATBS労組への援助資金返済……568万1000円

 

B協力団体等への謝礼……126万円

  *民放労連関東地方連合会……100万円

  *旧友会……10万円

  *年金連絡会……10万円

  *関東民放シニアの会……3万円

  *磯崎氏(顧問)、蒔野氏(関東地連書記)……各3万円

C裁判終了記念パーティ……約80万円

 

D運動の記録・記念誌発行……120万円   

 

V 今後の活動費・予備費……約200万円

   約160万円(解決金の剰余金)+約100万円(裁判非参加受給者の拠出金)+約150万円(会費・一般会計の残金)

……合計すると 約410万円の資金

 

  *すでに出費を予定しているもの

   ・第5回総会費……約10万円

   ・分配金等の税金対策調査費……100万円

    (調査結果によっては、さらに増える可能性がある)

   ・記念誌の送料……約20万円

   ・通信費……約10万円

   ・ホームページの維持費……約10万円

   ・会報発行、精算その他……約60万円

     合計すると 約210万円

 

V 裁判非参加受給者の拠出金

  4月15日までに91名・99万円

 

拠出していただいた方のご氏名(到着順・敬称略)

 

久保田志津子(故・久保田忍さんの夫人) 浮田太郎丸 後藤昌平 佐藤一郎 中村治信 佐藤宙史 小池英雄 渡部昭彦 藤原亙(2万円)高比良昭夫 田中満 木村富司雄 中嶋美津子(故・中嶋典之さんの夫人) 山香武 星洋一 小竹隆夫 甲賀正宏 阿部修二郎 田中成雄 平川十三子(故・平川清圀さんの夫人) 長谷川千香 鈴木康之 松本信一 鹿倉吉治 仁村秀雄 三浦啓次 柳徳子 柴田馨(5万円) 芦田栄子 松野光成 小笠原紀利 橋爪英雄 久保田美子 久保田芳實 久木保 加納昭 児玉憲治 金野寿雄 熊沢敦 村田栄二 澤井繁治 塩見幸子 鈴木幸夫 佐藤亨 川口忠恭 伊藤鉄山 井田幸夫 西村陸 宮下信一 植田豊樹 田中啓生 田崎耕八 西川章 橋本英一 下雅意清 市橋史生 高原達朗 岡本悦弥 吉永春子 折原俊 高橋紀男 深野富士康 古賀みどり(故・古賀一郎さんの夫人・3万円) 野田賢一 沖田幹夫 佐々木厚一郎 寺田浩之 井原利一 村田糺男 奈良陽 神山廣信 小林尭彦 新田秀夫 飯田壽雄 木村洽之 川島博 西山高暉 森勲 森田文彦 宇治川誠 今西宏 山口精一 中村秀夫 大西富三郎 大石宕 津田昌利 林節子(故・林賢二さんの夫人) 高増泰子(2万円)田原茂行 林安三 松岡憲治

 

W われわれの進めてきた運動について

 

「受給者の会」の運動の進め方について

 年金廃止通告からわずか16日で「受給者の会」準備会ができ、会結成と会員募集のよびかけが始まった。この素早い立ち上がりが、説明会での会社糾弾と、その後の結成総会・対会社交渉につながった。

 受給者は、「慰労金」の差別支給という分断攻撃に負けず、「受給者の会」の組織を守り抜いて裁判に踏み切った。

3 裁判を、限られた原告だけの闘争にしないため「選定当事者方式」による提訴を決断した。短期間で会員へのよびかけ、選定者全員の選定書や年金目録の準備をし、358名による大型訴訟を実現した。

4 会結成後の早い時点で役員会に「法対部」を設け、法律問題の研究や、弁護士との協議にあたった。この組織は、裁判の書面作りや証人尋問対策などの面で、重要な役割を果たした。

 役員会が、運動の重要な時点で直ちに見解や方針を出し、具体的な行動を呼びかけた。方針は会員に支持され、会社の意図を阻止してきた。

 会の結成、役員や会則・会費徴収の決定、裁判の提起と原告の承認、和解移行や和解案受け入れなどの重要問題について、その都度必ず総会を開き、具体的な方針を提案し、討論のうえで決定するという民主的な手続きを貫いた。

7 総会の会場は毎回常に満席となり、活発な討論が行なわれた。この盛り上がりは、その後の運動を進めていくうえでの大きなエネルギーを生み出した。

 口頭弁論の傍聴席は、会員の傍聴者で毎回満員となった。傍聴者自身が単なる“応援団”ではなく、「選定者」という裁判当事者であったことの意味は大きい。満員の傍聴席は、法廷の原告を大いに勇気づけた。

 会のすべての活動や方針、裁判の進行状況などの情報を、その都度「会報」で、迅速かつ詳細に伝えた。この「会報」は運動を、役員や原告だけでなく、会員みんなが共有するうえで決定的な役割を果たした。

  また、会報の全紙面と準備書面などの裁判資料を、会のホームページに転載し、広く活用してもらった。

10 役員や原告、事務局(受給者有志)などが、手弁当で献身的に働いた。このことは会員にも十分理解され、お互いの強い信頼関係が運動を支えてきた。

11 役員会は、和解金10%という裁判所の和解案に不満を残しながらも、和解案受諾を総会に提案した。受給者に残された人生を考え、裁判のこれ以上に長期化は好ましくない」という判断に基づく、文字どおり苦渋の選択であったが、討論の末、8割近い出席者に支持された。

 

われわれの運動と裁判の意義

 会社の理不尽な年金制度打ち切り通告に泣き寝入りせず反対運動に立ち上がり、3分の2を超える受給者が会社に抵抗した。

 団結権の保証もなく、退職後はバラバラの存在という運動を進めるうえできわめて不利な立場でありながら、最後まで団結が崩れなかった。

 4割年金、分配金の供託という“兵糧攻め”に耐え、345人もの受給者が最後まで残った。

 「選定当事者方式」という訴訟の進め方を“発見”し、日本の年金裁判史上最大の358名が、原告側当事者として裁判に参加した。今後の大衆訴訟の進め方の、ひとつのモデルを作った。

 運動資金を援助し、委員長自ら原告側の証人として法廷に立つなど、現役の労働組合の支援を受けるきわめて稀な裁判であった。

  また、TBS労組の上部団体である民放労連関東地連の事務所を、役員会の活動拠点として提供してもらうなど、多大の援助を受けた。

 裁判を通じて原告側弁護士は、TBSの一方的な年金廃止通告とその内容の違法性・不当性を、きびしく指摘した。7通におよぶ準備書面で展開した論理は見事で、裁判所も和解案のなかで「年金制度は契約である」「どちらが正当かの判断はきわめて微妙」と認めざるを得なかった。

  結果的には、その成果を十分に「和解金」に反映させることができなかったのは残念だが、今回の裁判で組み立てられた論理は、今後起こるであろう同じような年金紛争で、退職者側の論理として、大きな武器となるはずである。

 報道機関として社会的責任を負った放送局による人権侵害を糾弾する姿勢を崩さなかった。そしてそれが最後に、会社による「遺憾の意」表明につながった。

 和解調書に、TBSが将来にわたり現在の年金額の支払いを保証することを確約する条項を入れさせた。

 年金連絡会で、同じように年金改悪に反対して裁判を起こしている他企業のOBとの連携が強まり、お互いに大きな影響を与え合った。

10 金銭面では、われわれの反対運動と裁判(和解)の結果、原告・選定者の和解金と、非参加者分や解決金を含め約13億円を獲得した。現役従業員へのはね返り(約20億円)という波及効果もあった。

  これらのお金は、われわれが泣き寝入りせず会社に抵抗し、裁判に訴えて闘わなければ手にすることのなかったものである。

11 「下手に年金に手をつけてOBを怒らせると、TBSみたいに苦労する」「TBSのOBみたいに、泣き寝入りせずがんばれば、あそこまで闘える」という教訓を残した運動であった。